テレビゲーム

テレビゲームというかビデオゲームの是非が問われることが多い昨今であるが、単なるメディアに対する論調としては正常でない。

映画の是非、新聞の是非、小説の是非、マンガの是非等という論が成り立たないのと同等にビデオゲームの是非等という論は成り立たない。それ自体はただの器である。器の是非は論外であって、中身の是非を問うべきである。

なにゆえ、ここまで器に対しての攻撃が為されるかといえば、「新興メディア」かつ「インタラクティブ」であるからに相違ない。「インタラクティブとは悪か?」と問えば「内容による」という答えが返ってくるだろう。となれば、ビデオゲームの是非という論の正体が自ずと見えてくる。新興メディアに対する抵抗である。新しいものはわからない。わからないものは怖い。

ビデオゲームの是非について答える。是もあるし非もある。映画、新聞、小説、マンガと同様である。

結局、何が言いたいのかといえば、「ローグギャラクシーのやりすぎでちょーねむいんだこら。」でした。あはははは。