後輩に教えるということ

一匹狼的な要素を性格に多く含んでいる私としては、弟子とか後輩とか部下とかいう関係性は非常に苦手だ。

大体、先輩後輩なんて生まれた時期に依存する単なる運であって、師匠なんてもんは、ワナビーが高じた弟子側が勝手に設定するものである。部下なんて職制上仕方なく発生するものだ。いずれもあまり意味があるとは思わない。

昔読んだマンガに、寄生獣という傑作があって、こんな台詞があったことを覚えている。

「つまりそういうことなのさ……お互い理解しあえるのは殆ど「点」なんだよ」 
「同じ構造の脳を持つはずの人間どうしさえ魂を交換できたとしたらそれぞれ想像を絶する世界が見え、聴こえるはずだ」 

もしも後輩に教えられることがあるのなら、それは点でしかない。だから、教える側に求められる能力は適切な点を見出だす能力だ。
適切な点は理解の抽象度によって変わってくる。抽象度をあげるためには「部品を集めるために」勉強しなければならない。

後輩の理解度は、当然後輩自身の理解力にかなり依存するが、教える側の理解度にも依存する。後輩が「わかっていない」と思ったらまずは自分の理解度を疑うべきだろう。*1

ということで、私は勉強しない先輩というものを全く尊敬していない。

*1:もちろん自分の表現力も疑うべきだ